フランと試食

「もぐもぐ」
『どうだ？』
「ど、どうですか？」

　料理を咀嚼するフランを、俺と男性が見守る。俺はともかく、男性はまるで祈っているかのような表情だ。ドキドキしながら、フランが口を開くのを待っている。

「……ん。悪くない」
「おお！」

　フランの言葉を聞いた男性は、喜びながら跳びあがった。マジでピョンピョンと跳ねてるからね。子供がやったら微笑ましいんだろうが、むさくるしい髭面の男がやっても全然可愛くなかった。

「そ、それで？　何かアドバイスは……」
「ん。カレーパウダーがちょっと少ない。もっといっぱいかけていい」
「なるほど！　ケチらずにドンとやれってことですな！」
「そう。あと、芋はもう少しカリカリでもいい」
「ほうほう！」

　今俺たちがいるのは、ウルムットにあるとあるホテルの厨房である。ここに雇われているシェフから、料理の試食の依頼を受けてやってきたのだ。バルボラから遅れること数ヶ月。カレーブームに沸くウルムットでは、様々な場所で新作カレー料理が生み出されていた。
　レストランや屋台だけではなく、宿屋や高級ホテルでもカレー料理の研究が行われている。
　そこに現れたのが、カレー料理の開祖であるカレー師匠――まあ、俺のことだけど――の弟子であるフランだ。そりゃあ、料理人たちから引っ張りだこになるよねって話である。
　いや、最初は様子見な感じで、遠目で見つめられているだけだったんだ。本職は冒険者らしいし、料理を教えてほしいなんて頼めないよな～的空気が流れていた。
　だが、一人の空気読めない系料理人がフランに突撃してきたことが、騒動の引き金となってしまったのである。突撃というか、食事に入ったレストランのシェフに、料金をタダにするから味見をしてほしいと頼まれただけなんだけどさ。
　その現場を、敵情視察に来ていた他の店の料理人に偶然見られてしまったのだ。
　その料理人は、ある意味空気が読めるというか、冒険者のことをしっかり理解していたんだろう。彼は、ギルドを通じてフランに試食依頼を出したのである。カレーを食べて感想を言うだけでお金がもらえるのだから、フランが受けないはずがなかった。
　結果、フランが試食依頼を受けてくれ、しかも結構的確に問題点を指摘してくれるという話が広まってしまい、次々と試食依頼が押し寄せることとなってしまったのだ。フランは楽しんでいるから、いいんだけどさ。ただ、最近は攻め過ぎたカレーが結構出てくるんだよね。

「こちら、フルーツ特盛カレーです！　果物の酸味と甘みで、爽やかさを演出してみました！」
『うわぁぁ……』

　確かに地球でも、メロンとか桃の入ったカレーはあったけども！　これはやり過ぎじゃね？　一〇種類くらいのフルーツが、カレーの上にどちゃ盛りになっている。多分、カレールーよりもフルーツの方が多いんじゃないか？

「もぐもぐ……」

　フランが全く美味しそうに見えない表情で、カレーを黙々と処理していく。

「ど、どうですか？　どうですか？」

　フランが完食したことで、味への自信を深めた様子のシェフ。だが、フランはカレーを無駄にしたくないだけだ。

「まず、バランス。とても悪い。こんな風にフルーツを乗せるだけじゃ――」

　そこからは、ダメ出しの嵐であった。カレーをマズく作ったこのシェフに対し、少しイラっとしているのだろう。それに、愛するカレーに対して妥協は一切しないのだ。その言葉に、全く容赦がない。聞いている内にシェフが涙目になり、最期は五体投地で泣き始めてしまったほどだ。

『ちょ、フラン！　ストップ！　言い過ぎだからっ！』
「まだ言い足りない」

　シェフ大号泣だ。まあ、フランは嘘言ってないし、指摘された部分を改善すればよくなるのは間違いないからさ。指摘が多すぎて、憶えていられたら、だけど。
　その後、同じようなことが何度か続き、フランの機嫌が段々と悪くなってきた。

『悪い循環に入ってるな』

　一般的な具材や作り方は既に試されているため、残った料理人たちはなんとか差別化を図ろうとキワ物ばかり作っているようなのだ。キワ物過ぎて味が安定せず、フランの手助けを借りようと依頼をしてくるのである。当然美味しくないのでフランはガンガン指摘をし、落ち込んだ料理人たちが自棄になってさらにキワ物に走り、よりフランの機嫌が悪くなるというね……。

「……師匠、もうやだ」

　ふ、フランのこんな虚無の目、初めて見た！　せ、生気が感じられないぞ、フラン！

『別に、受けなきゃいけないわけじゃないんだし、もうやめたらどうだ？　辛いんだろう？』
「……でも、カレーの伝道師、カレー師匠の名前に傷はつけられない」

　なんと！　カレー食べ放題に釣られただけではなく、俺のためだったのか！

『大丈夫だ！　その程度で、傷つく名前に意味なんてないんだよ。だから、もういいんだ！』
「師匠……。でも……やっぱりカレー師匠というこの世で最高の称号は、守りたい」

　世界最高って……。神様の加護とかよりも、上だと思ってんの？

『でも、辛いんだろう？　本当に大丈夫だから』

　むしろ、カレー師匠ってちょっとアレだなーって思ってるくらいだから！

「……分かった。もう依頼は受けない」

　ふうぅぅ。よかった！　フランが楽しいのが一番だからな！
　今日はごちそうだ！　美味しいものを食べて、お口直しをしよう！　何がいいかな？　しばらくカレーなんて見たくないだろうし、ここは最高の魔獣肉の料理を――。

「師匠、カレー食べていい？」
『え？　カレー？　今から？』
「ん。口直し。マズいカレーの味を、美味しいカレーで消す」

　って、もう食べとる！　あれだけカレーで苦しめられて、まだ食うとは……。俺だったら、スパイスの匂いだけでもオエッとなってる自身があるんだけど。

「スンスン。いい匂い。やっぱカレーは最高」
『そ、そうか』
「ん！　もぐもぐ」

　やっぱフランはフランでしたー。